如月★時代衣装・平安朝 公家婚礼小袿姿
だいぶ時間が過ぎてしまったけれども、2月の上旬に
時代衣装の勉強会に参加してきました。
なんだか時代衣装…というと構えてしまってなかなか重い腰が上がらず
更新が遅くなったわけでございます。
おまけに最近、きものって何だろう…と、きもの不信に陥り
余計関わらないように…としてたら、あらっ、もう3月になっちゃったのでやっとパソコンに向かうことにしたのですね
今回の講義は、時代衣装の宮島先生の
「日本の婚礼衣装の歴史物語と男子紋服について(その知識・感性・技術を今一度、見直す)」という内容でした。
やっぱり先生のお話面白すぎる。けど、先生の体の心配をしてしまう。
いつまでもお元気でいて欲しいと願うものの私も含めみんな老いていくので先生の話は大切に聞いていきたいと思うのでした。
はじめに男子の紋服のお話。
普段男子に着付ける機会はなかなかないので
いまいち着付けのルールがわからないのを事細かに説明してくださいました。
講義を聴くと目からウロコ…知らないことが沢山で
た〜くさん収穫がありました。
先生はよく男子の袴を着付ける時は最後に締める腰紐を
「十文字」よりも「一文字」で締めることを推奨します。
私たちにも出来るだけ一文字で出来るよう練習してくださいと言う。
一文字のが難しいので技術が必要というのもある。
理由は十文字は、死を表現するそうで先生自身も必ず一文字に締めてます。切腹する時に腹を十字に切るためや、
先生はやたらと陰と陽の説明をしてくれますが
十字にすると右が陰で左が陽で縦に結界が出来るから良くない。
一字にすると上が陽で下が陰になるので…等等説明してくれましたが
陰陽系はさっぱり理解が出来ないので今度、映画の陰陽師でも観てみようかな…と安直なことを考えました。
でもふと思いました。よくお弁当包むナプキンやリボン結びをする時に
縦結びはいけないと子供の頃自然に学んだわけですが
これもこの十字の陰と陽が関係しているのかな…と思ったのでした。
そして現代の男子の第一礼装の羽織袴の参考例として
下記の写真を見せてくれました。有名な歌手の方々です。

左の黒い人は腰紐を十文字に。右の白い人は一文字に締めています。
どちらがいいわるいではなく、現在も両方の締め方をしているわけです。
ちなみに歌舞伎役者の方はみんな一文字に締めてました。
これもきっと仕来りとかあるんでしょうね。
で、先生は言う。
左の黒い人は羽織袴をラフ過ぎに着ているということを。
本来は帯を隠すために袴を履くそうですが、この人の着方は
帯が5~6cm見えているということです。
参考写真が黒くてよく見えなかったからググってみたら
確かに帯は見えていました。
帯が見えると普段着に見えてしまうとのこと。
ほぉ〜、全く知らなかった。
さらに羽織の紐が低すぎると指摘していました。
本来は羽織紐の結び目は腰紐に重なってはいけないそうです。
参考に歌舞伎役者が着た袴の写真を見せてくれました。
私はまたまた安直に演歌歌手とロック歌手の差を着付けで表現したのかな…なんて思いましたが、黒い人の方をよく見ると紋が家紋じゃなさそうなのでコマーシャル用に作った衣装で羽織紐の位置が下すぎちゃったのかな?と思ったり。羽織袴を履く時は武士と同じに左作法で、左足から履くそうですがまだまだ知らないことが沢山です。
先生が作ってくれた貴重な資料は保存版にしておきましたよ。
そして今回はこちらがメイン。
平安朝 公家婚礼小袿姿。
平安時代のウエディングドレス…いや…きものです。
未婚の女子は濃色(こきいろ)の袴を履くそう。
あれ?メモには15歳くらいまでと記されている。
初潮がきたら色かわるとか。
現代にも残っている白無垢は室町時代に始まったとのこと。
小袖→長袴→単を着ます。

途中の写真ないけど、全部で8枚の着物を着ます。
最後に着せるのが「小袿(こうちき)」で3枚仕立てなので袖口から3色見えるわけです。
この小袿は袖部分の縫製の仕方は脇下まで全部縫ってあるのが特徴。

寸法を間違えると上手く段々に下に着ている着物の色が出ないので
寸法はとても大事だという。
この着物の総重量がなんと30~40kgなんだと
モデルさんよく耐えられたな…と感心しちゃう。
前に自分も授業で違う十二単を着たことがあったけど
それはそれは大変だった。着せてもらっている最中、
また酸欠による睡魔が襲ってくるしね。絹って重いし。

そして先生が女子の結婚式までの流れをお話してくれたのだけど
いや〜これまたすごい。
まず、女子が男子に手紙を書いて出す。
この時代は女子は嫁に行くのではなく、男子が婿で女子側の家に入るという。
で、男子が手紙の返事を書きOKなら三日間
この家に通うそう。
男子がちゃんと3日間通ってくれるよう、母が男子の麻靴を
抱いて暖めたりしていたそう。
それで3日間通ったらベッドインなんだと。ほぉ〜。
それで結婚式の時は父が娘の髪をカットするそうです。
よくいう姫様カットっていうんですか、前髪というか耳くらいの
段差になるやつです。
「鬢批(びんそぎ)」といい、この髪型が既婚の印になるそうです。
今回の授業では、年齢による色使いに羽織る着物の形、当時の風習等、
そして日本の文化は、染色・裁縫・着付けが発展していったということを
改めて知る機会となりました。
平安時代って千年以上前なのに今も引き継がれていることに驚きます。
まだまだホントに知らないことばかり。
少しずつ色々知っていきたいな。。。
ご褒美ご飯。

ここの会場のホテルはホントに毎回美味しいお料理で大満足。
帰りは久々に会う同期の子達とも情報交換が出来て有意義な1日となりました。
時代衣装の勉強会に参加してきました。
なんだか時代衣装…というと構えてしまってなかなか重い腰が上がらず
更新が遅くなったわけでございます。
おまけに最近、きものって何だろう…と、きもの不信に陥り
余計関わらないように…としてたら、あらっ、もう3月になっちゃったのでやっとパソコンに向かうことにしたのですね

今回の講義は、時代衣装の宮島先生の
「日本の婚礼衣装の歴史物語と男子紋服について(その知識・感性・技術を今一度、見直す)」という内容でした。
やっぱり先生のお話面白すぎる。けど、先生の体の心配をしてしまう。
いつまでもお元気でいて欲しいと願うものの私も含めみんな老いていくので先生の話は大切に聞いていきたいと思うのでした。
はじめに男子の紋服のお話。
普段男子に着付ける機会はなかなかないので
いまいち着付けのルールがわからないのを事細かに説明してくださいました。
講義を聴くと目からウロコ…知らないことが沢山で
た〜くさん収穫がありました。
先生はよく男子の袴を着付ける時は最後に締める腰紐を
「十文字」よりも「一文字」で締めることを推奨します。
私たちにも出来るだけ一文字で出来るよう練習してくださいと言う。
一文字のが難しいので技術が必要というのもある。
理由は十文字は、死を表現するそうで先生自身も必ず一文字に締めてます。切腹する時に腹を十字に切るためや、
先生はやたらと陰と陽の説明をしてくれますが
十字にすると右が陰で左が陽で縦に結界が出来るから良くない。
一字にすると上が陽で下が陰になるので…等等説明してくれましたが
陰陽系はさっぱり理解が出来ないので今度、映画の陰陽師でも観てみようかな…と安直なことを考えました。
でもふと思いました。よくお弁当包むナプキンやリボン結びをする時に
縦結びはいけないと子供の頃自然に学んだわけですが
これもこの十字の陰と陽が関係しているのかな…と思ったのでした。
そして現代の男子の第一礼装の羽織袴の参考例として
下記の写真を見せてくれました。有名な歌手の方々です。

左の黒い人は腰紐を十文字に。右の白い人は一文字に締めています。
どちらがいいわるいではなく、現在も両方の締め方をしているわけです。
ちなみに歌舞伎役者の方はみんな一文字に締めてました。
これもきっと仕来りとかあるんでしょうね。
で、先生は言う。
左の黒い人は羽織袴をラフ過ぎに着ているということを。
本来は帯を隠すために袴を履くそうですが、この人の着方は
帯が5~6cm見えているということです。
参考写真が黒くてよく見えなかったからググってみたら
確かに帯は見えていました。
帯が見えると普段着に見えてしまうとのこと。
ほぉ〜、全く知らなかった。
さらに羽織の紐が低すぎると指摘していました。
本来は羽織紐の結び目は腰紐に重なってはいけないそうです。
参考に歌舞伎役者が着た袴の写真を見せてくれました。
私はまたまた安直に演歌歌手とロック歌手の差を着付けで表現したのかな…なんて思いましたが、黒い人の方をよく見ると紋が家紋じゃなさそうなのでコマーシャル用に作った衣装で羽織紐の位置が下すぎちゃったのかな?と思ったり。羽織袴を履く時は武士と同じに左作法で、左足から履くそうですがまだまだ知らないことが沢山です。
先生が作ってくれた貴重な資料は保存版にしておきましたよ。
そして今回はこちらがメイン。
平安朝 公家婚礼小袿姿。
平安時代のウエディングドレス…いや…きものです。
未婚の女子は濃色(こきいろ)の袴を履くそう。
あれ?メモには15歳くらいまでと記されている。
初潮がきたら色かわるとか。
現代にも残っている白無垢は室町時代に始まったとのこと。
小袖→長袴→単を着ます。

途中の写真ないけど、全部で8枚の着物を着ます。
最後に着せるのが「小袿(こうちき)」で3枚仕立てなので袖口から3色見えるわけです。
この小袿は袖部分の縫製の仕方は脇下まで全部縫ってあるのが特徴。

寸法を間違えると上手く段々に下に着ている着物の色が出ないので
寸法はとても大事だという。
この着物の総重量がなんと30~40kgなんだと

モデルさんよく耐えられたな…と感心しちゃう。
前に自分も授業で違う十二単を着たことがあったけど
それはそれは大変だった。着せてもらっている最中、
また酸欠による睡魔が襲ってくるしね。絹って重いし。

そして先生が女子の結婚式までの流れをお話してくれたのだけど
いや〜これまたすごい。
まず、女子が男子に手紙を書いて出す。
この時代は女子は嫁に行くのではなく、男子が婿で女子側の家に入るという。
で、男子が手紙の返事を書きOKなら三日間
この家に通うそう。
男子がちゃんと3日間通ってくれるよう、母が男子の麻靴を
抱いて暖めたりしていたそう。
それで3日間通ったらベッドインなんだと。ほぉ〜。
それで結婚式の時は父が娘の髪をカットするそうです。
よくいう姫様カットっていうんですか、前髪というか耳くらいの
段差になるやつです。
「鬢批(びんそぎ)」といい、この髪型が既婚の印になるそうです。
今回の授業では、年齢による色使いに羽織る着物の形、当時の風習等、
そして日本の文化は、染色・裁縫・着付けが発展していったということを
改めて知る機会となりました。
平安時代って千年以上前なのに今も引き継がれていることに驚きます。
まだまだホントに知らないことばかり。
少しずつ色々知っていきたいな。。。


ここの会場のホテルはホントに毎回美味しいお料理で大満足。
帰りは久々に会う同期の子達とも情報交換が出来て有意義な1日となりました。
スポンサーサイト